illustration
The part of the brain that perceives beauty and the part of the brain that perceives ethics and morality are the same. I stimulate the brain.
なぜ美にこだわるのか?
美しいものを認識する脳の部位は、道徳や倫理を司る部位と同じであることが科学的に証明されています。そして、美という指標は正しいものを見極める為のいいものさしになることや、幸福に関連していること、なにより癒しでありパワーを貰えること。生きるのになくてはならないものだからetcなど、理由はたくさんあります。
脳の美を感じ取る領域を活性化させるには、パッと見たときに綺麗だ、美しい、と感じさせる必要があります。脳に反応させる為の絵にするために、わざとキラキラを誇張していたり、色合いの強弱、細やかな補色、光を強調するために背景は暗くしていたりします。私もここら辺の表現はまだまだ研究中ですので、今後はまた違う表現へと変化していくでしょう。
こんな記事を読んだことがあります。とある実験結果から、噴水のある公園とない公園では犯罪件数も大幅に減るということがわかりました。駅前に花壇がある駅とない駅だと、ひったくりや痴漢などの犯罪件数も減ることもわかっています。
美しいものを見た時に、倫理や道徳の脳の部位が反応するということとも関係があるようなのです。もちろん、なにか犯罪行為をしようとしている人物が、噴水や花壇の花を見て、その美しさによって心を入れ替えるなんてことを意識することはないでしょう。これは、"無意識への働きかけ"なのです。綺麗なものが好きな私にとって、ただ美しいというだけでも十分価値はあるのですが、そんな美しいものが、私たち人間の無意識に働きかけ、そして倫理的な方へと導いてくれると思うとなんとも言いがたい感動を覚えました。美しいものを増やすこと、そして見る機会を増やすこと。これらも目的の一つです。
"美"というのは、小さい頃から今も、そしておばあちゃんになっても私を魅了し続けることでしょう。美とは、私にとって一生を通して向き合うものなのです。美しいことを愛でることは人生の喜びのひとつです。
1876年に行われた実験では、人は黄金長方形を好むということが判明し、美は人間の脳の中にあるということも確信されました。アメリカの哲学者であるジョージ・サンタヤーナは、1896年に発表した著書『The Sense of Beauty』の中で「人間には、美を観察しそれを大切にしたいという非常に根源的かつ広範な傾向がある」と説いています。
そして、ドイツの心理学者グスタフ・フェヒナーは、美意識と脳の関係を科学的手法で解き明かそうとした最初の研究の一人で、現在の研究では芸術的・非芸術的な視覚的な刺激による「美」の評価において、男性と女性の参加者の間で脳の活動を識別するため、ミリセカンドという非常に短い単位での変化を分解することが可能になっており、ニューロンのシナプス後電位によって生成された磁界の変化を検知する技法が使われているそうです。
(参考文献)
男性と女性とでは「美」について異なる処理のされ方が脳内で行われているということもわかっています。詳細な差の原因についてはこれから確認することになっているものの、おそらく、女性は要素の空間関係の表現について、空間を上下、左右といった言語的カテゴリに分類して表現するカテゴリカル関連性に基づいて「美」の判断を行っており、男性は空間を定量的な座標系で表現するコーディネート関連性によって「美」を判断している、ということを示唆しているそうです。
なぜ、人は「美しい」ものに惹かれるのか
美しいものは人間の幸福感にもダイレクトに関わっています。
成人の幸福感に影響を与える要因についての研究では、「家族との仲が良好であること」「健康であること」の他に、「住んでいる都市の美しさ」が個人の幸せに好影響を与えていることが判明しました。
都市の美しさは都市の清潔度や安全度よりも、幸福に与える影響が強いとのこと。
また、アルツハイマーの患者さんに行った実験では、これまでの人生の全ての思い出や記憶を忘れてしまっても、自分が美しいと感じる感性は消えないこともわかっています。
(YouTube↑)
著書「美学」
ここでは、初のノーベル賞受賞黒人女性作家であるトニ・モリスンのデビュー作『青い眼が欲しい』のことや、さまざまな美についても書いています。「美」とは私たちにとって、巨大なパワーとなり得るが、その反面、破壊的な側面も持ち合わせているのかもしれません。とりわけ女性にとっての特定の美のすり込みは、破壊的な思想になりうることもあります。自分を規定の美の概念に当てはまらなかった際に、整形に踏み出す方は多くいますが、今の自分を切り捨て、新しい形へと変化させるわけですから、それはある意味自己破壊的な行為ともいえます。美との付き合い方、価値観、思想....どういった思想が破滅をもたらすのか。Kindle Unlimitedに入ってる方は無料で読めますので、気が向きましたら読んでみてください。
あとは、単純に綺麗なものや美しいものが好きだからという理由もありますが、私自身それらにとても癒されているということもあります。難しく考えずに、ただ作品を見た方が直感的に「美しい」と感じていただければ、それでいいのです。それだけも、脳がしっかり反応していますから。美しいということを感じている時は、道徳や倫理も脳の中では働いています。現代はとても変化の激しい時代です。物騒なこともたくさんあり、だからといって危険を感じながら怯えて暮らすのはまっぴらです。そんなに毎日気を張っているのも疲れますしやってられません。人生は有限で、とても短いものです。鶴は千年、亀は万年生き樹木は樹齢5000年の木などもありますが、人は長生きしても100年ぽっち。たいした長さではありません。お釈迦様がたった一回まばたきをする間のことなのです。だったら、楽しく美学的に生き、美しいものを堪能し好きな人たちとの素敵な思い出を沢山作りたい。簡単に言えば、人生をもっといいものにしたいという当たり前でとても単純なことでもあります。そのためには、むやみやたらに他人を攻撃したりだとか、嫌な気持ちにさせたり、またはさせられたりすることも減っていけばいいなと思います。
そのために、何ができるかと考えても、個人のちからなどちっぽけでなにもできませんが、それでも自分ができることをやらなければいけません。その答えとして美しいものを見せようと思いついたのです。美しいものを見た結果、脳の倫理や道徳も刺激されている状況を作り出され、それが、結果的になにかの抑止力にもなるかなと思うからです。
![]() |
| Mary |
私の狙いは、脳です。ですが、そんなことは考えずにただ美しいものを見て美しいと思ってもらえればそれに越したことはありません。私の作品は技術や画力もまだまだなので作品を見ても、美しいとは感じない、という方もいらっしゃるかもしれません。そういう時は、私の絵でなくても自分が美しいと感じるものを見てほしいのです。そうすることには自分では意識できない領域で必ず変化があるはずです。
面白いのが古代ギリシャではすでに「真善美」の価値観がありました。美と善とは合いしている、二つで一つという考え方ですが、現代でこれが科学的に証明されたのです。美とはいかなるものなのか、自分なりに考察していってもやはり真善美にたどり着いてしまいます。
真実とは、どんな誤魔化しやどんな詳しい調査にも耐えうるものなのです。
そして私はなにも知らないという無知を出発点とし、これからも学び続ける姿勢を忘れず、自分なりの美学を築いていきます。
参考論文
https://link.springer.com/article/10.3758/s13415-020-00827-z
脳の「美容センター」を求めて:美しい人間の顔と視覚芸術のfMRI研究のメタ分析








コメント
コメントを投稿