自己肯定感とエリザベス女王の話

 




「お部屋にいる時、普段どんな服を着ていますか?」
「えっと、Tシャツに、スウェットのパンツです」
「それでは、明日あなたが憧れて大好きな人が家に泊まりにくるとしたら、その格好で出迎えますか?」
「いいえ...新しい服を買ってきます。なんならお花も飾ります!」
「では、そのように自分を扱ってください」






「家で紅茶やコーヒーは飲みますか?」
「はい、飲みます」
「カップはどんなものを使っていますか?」
「普段使っているカップですか?」
「そうです」
「えっと、よく使ってるのは...(中略〜)」

「ちょっと欠けたり、茶渋がついてたりするカップを使うこともあるんですね。
ですが、あなたはそれよりいいカップも持っていますよね。ブランドものやつも」
「ええ」
「それはいつ使うんです?」
「それは、お客様用に...」
「それをご自分に使ってください」


自己肯定感の低い人はこのような質問をすると、必ず同じような答えが返ってくるという。彼女たちに欠けているのは、自分を一番大切な人としてあつかうこと。


他人にやらせようとしないで自分でやることが大切です。他人に良く扱われるか、他人にゴミのように扱われるかで、自分の価値を変動させません。

私はお金持ちになろうと貧乏になろうと、頭がよかろうと悪かろうと、なにができて、なにができなかろうと、自分だけは自分を愛し、慈しみ、自分の味方でいる。

他人に何を言われた、どう扱われたかで自分の価値は変わらない。

日頃から、自己ケアをすること。ボディークリームを塗ったり、お肌の手入れをしたり、髪の毛や爪の手入れをしたり、本を読んだり、武術や習い事をしたり、身体を鍛えたり、音楽をやったりするのも、死ぬまで離れることのできない自分という人間を大切に、そして、認めて、好きになるために必要な作業であるということ。

自分を大切にしている人間でないと、他人を大切にはできません。人は自分と他人を入れ替えることのできる動物でもあります。サルにはできません。サルは、自分の視点でだけでしか物事を捉えることができないのです。だから、人には勝てない。

自分と他人とを入れ替えることのできる能力は人の持つ能力であり、ここからさまざまな力が開花していきます。



かつて、エリザベス女王が庶民の家に訪れた時、奥さんが女王に紅茶を差し出し、自分も紅茶を飲もうとしたところ、あまりの緊張で手が震え、紅茶をソーサーにこぼしてしまった。それを、とっさにソーサーに口をつけて吸ってしまったそう。ハッとした時にはもう遅く、女王の目の前で、はしたないことをしてしまったと顔面蒼白。すると、女王は自分も同じようにソーサーに少しこぼし、吸って見せたそう。奥さんが恥をかかないための心意気。もちろん、マナー違反といえば、マナー違反であるが。その暖かい行為(私は、あなたを、そんなことで差別したりしませんよ)が伝わることで、奥さんは落ち着きを取り戻し女王陛下への敬意も増しました。形式的なマナーも大切ではありますが、その前に、心意気、粋な人であることが前提なんだと、深く心に突き刺さるエピソードです。人格者たる者が、真の女王に輝く。これには納得できます。



アイデンティティーが変われば、行動も変わる

十代の若い頃にがんになってしまった子供の患者に抗がん剤を飲ませようとすると、苦くて嫌がるのでなかなか飲んでくれないことで困っていました。そこで、あるゲームを渡して遊んでもらうことに。ゲームの中では、自分は敵と戦うヒーロー。そして、薬はパワーを出すために必要なアイテムでもあります。しっかりと薬を飲むことで、力が回復し、ヒーローとして戦うことができるのです。そんな風にアイデンティティに変えてしまうと、たちまち子供は抗がん剤を飲むようになったといいます。自分は病気にやられてくたばっている弱い患者というアイデンティティから、病気に立ち向かうかっこいいヒーローとなったことで、薬を受け入れられるようになったのです。




ポジティブとネガティブ

人間にはポジティブ感情とネガティブな感情があります。楽観的、悲観的ともいいます。この両方が人間にとって、メリットとデメリットの両方をもたらします。楽観的に考えることによって、とりあえずやってみよう!と思えるようになること。つまり、積極性が上がり、行動に繋がることによって、目標に近づいていくことができる。新しい経験にも前向きにトライすることで、新しい人間関係やチャンスが運ばれ、新しい扉を開くことができる。けれど、楽観的になりすぎると、計画性を失ったり、慌ててミスをしたり、よく調べもしないことで後悔することになったりもします。これらが楽観性のメリットとデメリットです。それでは、悲観的になることのデメリットはなんでしょう。デメリットは、悲観的になりすぎると、どうせやってもうまく行かない、自分には無理だ、そんなふうに後ろ向きに考えてしまい、行動が起こせなくなることです。しまいには、起きてもいない失敗を恐れ、掴めるはずだったチャンスまでみすみす逃すことも。こういった臆病は、人生に後悔という大きな傷を残すのです。人間はやった後悔よりやらない後悔の方が大きい生き物です。それでは、悲観的に考えることのメリットはなんでしょう。メリットは、悲観的に考えて心配だからこそ、念入りに下調べをしたり、準備をすることです。あれも心配、これも合った方がいいから、とさまざまな角度から前もって考え、計画を立てることで、より明確に、具体的に行動を示せるようになるというのは、悲観的に考えることのメリットとも言えます。万が一を考え、こういう風にしておこう、などと一度立ち止まって考えることで、余計な回り道やミスを回避することもできるかもしれません。物事によっては、計画性がないと遂行できないこともたくさんあります。難しいことや、手順の多いこと、複雑なことになればなるほど、細かい分析や、確かな計画は助けになるでしょう。ここまで、考えてみてわかることは、つまり、ポジティブ思考にもネガティブ思考にも両方に違うメリットとデメリットが存在しているという点です。なので、どちらがいい、悪い、という話ではなく、この二つをいかにバランスよく、使うべきところで、使えるかというのが大事なのではないかと思います。


それでいうと、一つだけ確かなことがあります。ポジティブもネガティブも、使い所が大切というお話をしましたが、『人生』という大きく長い括りで見ると、実はポジティブな感情が与えるパワーの方が、長期的に効果が続くことがとある実験で分かったそうです。ネガティブな感情というのは、強い力ではあるけれど、人生というロングランを歩んでいくためには、やはり力になるのはポジティブな感情から生み出されるということです。
ですので、両者はどちらも欠かせないものではありますが、人生全体でみた時は、やはりポジティブな感情を上手に使っていく方がよさそうです。


後悔の残る過去や、忘れられない嫌なこと。そういったものが胸を締めつけてくると、何が悪かったのか、誰のせいなのかという思考に流れてしまいやすくなります。ですが、変えることのできない過去よりも、変えることのできる現在と未来を変えるようにした方が絶対にいいのです。過去は過ぎたもの。「人生はいつだって、その手にケシの花を持っている」大好きなオスカーワイルドの言葉です。






脚本家・中園美穂のお話

『やまとなでしこ』『派遣の品格』『ドクターX』などの執筆した脚本家の中園美穂さんのデビューのお話。中園先生が脚本家になったのは29歳の時でした。それまでは、会社員や占い師などをしており、とあることがきっかけで、脚本家を目指すことになったそう。そのきっかけというのが、なんと失恋。当時26歳だった中園先生はとある脚本家の先生に恋をしたそうです。その方は、ホテルに滞在し、執筆していました。ロビーで待っていると先生が出てきて、声をかけるんだそう。機嫌の良い日は、「なんだ、君、またいたの」といって、一緒にご飯を食べてくれることもあったのだそう。それに舞い上がって、あくる日も、あくる日も、ホテルで待ち伏せしてしまい、つまり、ストーカー行為....そんな風に付き纏っていたある日、また先生が来たかと思うと「もう二度とここにいちゃいけない。今度いたら、警察を呼ぶ」といわれてしまったそうです。それで、さすがに諦めてとぼとぼと駅まで帰りましたが、頭はもう明日から会っちゃいけないんだということ。そう思っているうちに、ふと、自分も脚本家になれば、またお会いできるんじゃないかと思い付きました。そこから脚本家修行に励み、29歳になることにはもう脚本家になられていたそうです。

吉凶禍福は糾える縄の如しで、悪いことが起きたと思ったら、それが良いことへの伏線になっていたりします。
ただでは転びませんわね。







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