識別

新幹線と駆けっこしようとする人はいないのに、AIとはなぜか敵対的な構図で見る人が発生するのが謎だ。人間の手作業に価値を置くことと、それ以外の価値を認めることは並行してできるだろうに。




とある人が、「人の描く文章には、湿度がある」みたいなことを言っていた。それをAIには出せないと。


出せるよ。正確には出せるようになるよ。そこは時間の問題、それよりも問題はむしろ、人間の方だ。何が良くて何が悪いかの見分けもつかなくてやばいのは人間の方なんだ。そして、AIは、どういうものが文章に質量や感度をもたらすのか、エモいとは何か、懐かしさや侘しさ、いとしさと憎らしさを同時に感ずるときのもどかしさを上手に表現するだろう。ずっとずっと憧れてみてきた背中を、この時ばかりは蹴りたいような、すがりたいような、肩を叩いてやりたいようななんとも言えぬ阿修羅のような気持ちを、人が、文字や絵や彫り物や音楽に刻んできた。同じ思いになったことがある人ならば、あの時の自分がここにもいる、と気付けるだろう。いや、同じ思いになったことがなくとも、あのモネの絵をみたときの様に、(モネは晩年、白内障になりほとんど見えない状態で描いた。そこには、以前の様なタッチとは違って荒々しく、絵具もべったりとついていて、それがカンヴァスに固まっている)彼の執着にも似た燃える思いを感じとることができるだろう。むろん、AIには人生というものがない。人の様な痛覚も(今のところは)ない。感情も理解はしないだろう。まがいもの。そこに間違いはない。だが、それを真似して精巧に作り出せるように、いずれはなるだろう。そうなった時、人間が見分けることができるかなんだ。ここが本題だ。これこそ、悲劇ではないか我々の。


見分ける自信があるのか。フェルメールの贋作と、本物のフェルメールを横に並べて見分けることができるのか。できるのであれば、あの飲み比べみたいな番組は成り立っていないだろう。自分の得意分野ならまだしも、下戸がワインを飲み分け、電子音しか聴いたことがない者がストラディバリウスのヴァイオリンとそれ以外を聴き分け、貧乏人が最高級の肉とそれ以外を食べ分けられるのか。舌も耳も目もバカだという自覚がないとは驚きだ。もしくは、自分に合う人とそうでない人、自分に合うものすら分からずに迷っているというのに。もちろん自分含めて。ましてや芸術やクリエイティブなものまでも、正確に。必ず全員が、いついかなる時も、しっかりと見分けることができるのか。無理だな。現時点でもすでに十分すぎるほどめちゃくちゃじゃないか。誰も正しい認識などしていない。感度の高い人だって稀にいるけれど、ほとんどの人は自分の判断なんか持っていない。人は人についていく。あのバカみたいなタピオカムーブを思い出せ。つまりそれが現状であるということ。確かな価値判断を人ができないというところ。この事実をベースにして考えた場合、問題は、人間のほうだと言わざるを得ないよ。できるのであれば、もっと余裕をかましていられるはず。どうなろうと、この世の真実が見えていて、軸が明確ならば。それがないから、人間は悲劇も悲劇、悲劇の中にいるんじゃないか。その一つの理由は、ものを、正確に判断できないからだ。そうでなくとも釈迦のいうように生老病死はあるのに、その上、ものを正確に判断できもしない。間違った認識を元に、間違った理解で、間違った理論を組んでいく。もしくは理論すらなく、勘で動いたり、情で動いたり、損得で動いたり、嫉妬や妬ましさから動いたりする。そっちの方が問題なんだ。それを怖いと思っていないところが、悲劇だよ。もしくは、喜劇かも。



正確な判断などできっこないから、もうそんなものを放棄して、自分が見たいように見ている。そういう風に生きているのが動物で、ごちゃごちゃした世界でごちゃごちゃした動物が、それぞれうごめいて生きたり死んだりしている。耳は犬に劣るし(犬が聞こえる領域の音の周波数は、一般的に20ヘルツ(Hz)から40,000ヘルツ(40キロヘルツ)人間の聴覚範囲は一般的に20ヘルツから20,000ヘルツまで)、目はトンボに劣る(トンボのオプシン遺伝子の数は数十個から数百個以上、人は3つ)、舌だってコーヒーやビールが子供は苦手なのに大人は平気なのは舌が鈍感になるからだし、日本人はworkとwolkを聴き分けることすら苦手。これだけ限られたリソースでしか世界を見れていない我々に、世界をどうやって正確に判断するんだよ。英語、中国語、ラテン語、スワヒリ語もできないのに、日本語にない概念は知りもしないのに、微分積分すらできない人もいるのに、抽象代数や位相幾何学も知らないのに。何をどう認識して判断するというんだ。自分のせまい価値観と、単なる好みと気分じゃないか。怒りは二次感情だが、その怒りという感情すら、出来事でなく、そのときの自分の状況で誘発される。好きでもない人を他人から横取りする。夏目漱石のこころの先生がKからお嬢さんを奪ったように。感情は伝染する。自分の判断、意志をどこまで信用する?できると思っているのだろうか。自分とはなんだか、わかっているのか。私はわからないよ。

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